071105-071111
2007年11月5日から2007年11月11日
Pérez-Magallón,
Jesús. “Enseñar el siglo dieciocho
español: Contexto, problemas, instrumentos.” Dieciocho 30.1 (2007),
131-139.
めでたくも30号を数えるDieciochoはこの記念すべき号を「18世紀を教えるTeaching the Eighteenth Century」ということをテーマに主要なエディターが全員参加して特集を組んでいます。Pérez-Magallónはカナダ・マッギル大学の先生。
メネンデス・ペラーヨによって異端の印を押された18世紀スペインは長く等閑に付されたが、1950年代より優秀なスペイン内外の研究者によって光の当たる場所に出ることになった。しかしその世代以後で優れた研究者があまり出てこない状況は嘆かわしい。
その原因にフランス・イギリスの啓蒙主義をヨーロッパにおける啓蒙主義の代表、基準、模範と看做すことによってスペインを周縁化する文化的帝国主義がある。カダルソにも似たような言葉があるが、黄金世紀スペインが自余の国々に与えた影響(ピカレスクからデフォー、フィールディング、スターンまで。あるいは演劇がラシーヌ、コルネイユに与えた影響など)は計り知れない。にもかかわらず18世紀スペインを黙殺し、スペイン人のロマン主義(生まれながらにロマンティックだなどという蒙昧の意見)を強調することで、ヨーロッパにおけるスペインの特殊性を際立たせようとする動きがある(マルティネス・マタなら「反スペイン」と呼びそうですが)。これが文学史あるいは文化史の中で17世紀後半から19世紀までスキップしてしまっている原因となっている。
まあ、特に目新しいことは言ってません。そこで著者が出来る貢献は、というと18世紀に関する最近の優れた研究成果をピックアップすること、そして授業を作るうえでの必須文献をリストアップすること。ん?いきなり形而下の話をするなあ、と。後者は特に珍しいものはないので(文学作品も手に入るものは限られているので)、前者として上げられている最近の優れた18世紀研究文献をここに記しておきます。英語のものが多いのは、彼がカナダにいるせいでしょうか。自著が入っているところはご愛嬌。ちなみにHaidt女史の本はカダルソを直接扱っています。
Jorge Cañizares-Esguerra, How to Write the History of the New World
Jonathan E. Carlyon, Andrés González de Barcia and the Creation of the Colonial Spanish American Library.
Ruth Hill, Sceptres
and Sciences in the Spains
Jesús Pérez-Magallón, Construyendo la modernidad. La cultura española del “tiempo de los
novatores” (1675-1725).
José Checa Beltrán, Razones del buen gusto (Poética española del
neoclasicismo).
Josep Maria Sala Valladaura, De amor y política: la tragedia neoclásica
española.
Rebecca Haidt, Embodying
the Enlightenment. Knowing the Body in
Eighteenth-Century Spanish Literature and Culture.
東ゆみこ『猫はなぜ絞首台に登ったか』光文社新書、2004.
神話学の観点から18世紀の動物虐待、動物裁判を解釈する。猫の虐殺についてはロバート・ダーントンによる研究がある。それに端を発して、ウィリアム・ホガースによる動物を虐待する少年を描いた版画と、同時代フランスのニコラ・コンタという人物の記した『印刷業界こぼれ話』に収録された、印刷工による猫の虐殺事件を題材に、動物虐待の裏に潜む神話的意味を解釈する試み。労働者階級とブルジョアジの対立が猫を相手に見立てて虐殺することによってカタルシスを迎えるというダーントンの説明を物足りなく思う著者が、①首をくくる(逆さまにしてつるすことで秩序を逆転させる、つまりカーニヴァルを擬似的に再現する)②動物の生贄を捧げる(神話に出てくるデメテルとペルセポネーへの捧げもの)③来年もよりよい収穫がもたらされるという図式に則って、農耕社会の名残りであると結論する。
神話はいいけれど、神話研究をする人の強引さ、放埓さ、牽強付会に耐えられない僕には魅力を欠く一著。ただし、新書版ということで、とても丁寧に書かれており、また学術研究に必要な、客観性についての議論がなぜか充実している(この結論にそれがあるかどうかは不明)。
舞城王太郎『みんな元気。』新潮文庫、2007.
単行本『みんな元気。』から表題作、「Dead for good」、「矢を止める五羽の梔鳥」を収録。やはり「みんな元気。」が素晴らしく、二度目に読むとしっかりした流れをもって破天荒な小説を書いているなあ、という気がします。家族のメンバーの突然の交換、ありえたかもしれない未来を同時に生きる主人公の苦悩、関係ないけれど目新しい擬音の連発など、とても魅力的な作品。途中挿入されている「おとうさん」の絵も秀逸(本人画)。舞城さんは実際大変絵が上手な方なので(挿画、表紙も本人)、器用だなあと素直に感心させられる。
ジャック・ケッチャム『襲撃者の夜』扶桑社ミステリー文庫、2007.
まず帯の言葉で読む気をなくさせる一冊。「避暑地の夜に惨劇!闇を走る群れ往く先更なる悪夢の光景が!」わー、つまらなそう。それでも僕がこれを読んでしまうのは史上最低の残酷小説を書く王者ケッチャムの作品の最新の翻訳であるためです。
ケッチャムは80年に『オフシーズン』という小説でデビューしたペーパーバックライターで、バタバタと、しかもとびっきり残酷に人が死んでいくエログロナンセンスの大家。といっても、出た本はそのまま絶版、というようなことが多かったのですが、スティーブン・キングが絶賛し、アメリカでの人気も上がり、遂には作品が映画化されてしまうというところまで来てしまいました。過去の作品も多く復刊されており、今では手に入りやすくなっています。
僕が最初に読んだケッチャム作品は『隣の家の少女』という裏スタンド・バイ・ミーというような感じの、アメリカの平穏な片田舎に過ごす少年達が一人の陰湿ないじめ、暴力、セックスにのめりこんでいくという小説で、読後一週間くらい嫌な気分のまま過ごしました。文学ってすごいなあ、と実感させられた瞬間です。『隣の家の少女』については「最低な作品」という書評を読んで、是非読んでみたくなった次第。書評のしたたかな戦略にはまってしまいました。
『襲撃者の夜』は原題Offspringといって、「子供」という意味とあわせてOff seasonの続きということも匂わせているのですが、デビュー作結末で殲滅された殺人集団に生き残り(子供)がいたならば、という設定になっています。読むと大変嫌な気持ちにさせられるのですが、なぜか青春小説(初恋や性のイニシエーション、家族愛などのテーマ)としてもすごく上手く書けているので、読んでいる間はそれほど不愉快に感じることがありません。

