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2007年11月29日 (木)

071112-071121

20071112日から20071121

もはや習慣でもなんでもなくなっている感がありますが、お付き合いいただければ幸いです。

 

Sebold, Russell P. “Aquel extraño paréntesis entre los siglos XVII y XIX (Reminiscencias de un dieciochista impenitente).” Dieciocho 30.1 (2007), 189-195.

前回に続いて18世紀教育特集号から、これも随筆なのですが、斯界の帝王シーボルトが、これまで口頭では幾度か語られてきたと思しい、経歴の追想の一文を寄せています。

彼は1928年アメリカ、オハイオ州生まれ、BA(magna cum laude)をインディアナ大学、MAPhDをプリンストン大学で取得。大学院での指導教官はアメリコ・カストロでした。卒業後2年間ペンタゴンでの兵役を経て、55年より複数の大学で教壇に立ち、ペンシルヴァニア大学をアメリカ有数のスペイン研究の中心としました。

カストロ先生が愛されながらもどれほど怖く、また専横的な先生だったか、ということから始まって、彼の生涯ただ一度の18世紀スペイン文学講義を振り返り、それがいかに不出来なものであったかを語ります。天邪鬼から18世紀の、しかも演劇でも詩でもなく小説(Fray Gerundio de Campazas)を選んで博士論文を書き、授業でそれを取り扱い(18世紀スペインに対する評価が低かったため)、数多くの論文、著書を世に送ってきました。

苦労話と自慢話が交錯しており、御大も御老年なので微笑ましくありますが、僕の心に残った一文は次のもの。

 

(...) y con la mayor seriedad tomé la decisión de no volver nunca a escribir en inglés sobre los amados objetos de mi estudio. Elegí para siempre jamás el castellano como mi lengua profesional. Es la decisión que el hispanista sensato de cualquier especialidad tomará, porque es la única forma en que puede estar seguro de comunicarse completa y claramente con sus colegas del hispanismo en todos los países. (193)

 

Pamuk, Orhan. Nieve. Madrid: Punto de lectura, 2007.

2006年にノーベル文学賞を獲ったトルコのオルハン・パムク。サルマン・ラシュディが”Pamuk ha logrado que la crítica lo aclame con el título de: El más grande de los escritores turcos”といっていますが、これでは何がすごいのかを説明したことにはならなくて、逆効果じゃないか、と思う。受賞のこともあって、スペイン語圏では彼の作品は殆ど翻訳紹介されています。

政治亡命を余儀なくされ、今ではフランクフルトに在住する、ジャーナリストであり詩人のKaはかつて追われた故郷Karsに帰ってきます。そこで行われる市長選挙と連鎖的に伝染していく若い娘達の自殺事件を取材するためです。折りしもスカーフを着用して学校に入ることが禁止され、彼女達の自殺を宗教的な理由から説明する人もあり、貧困のせいだ、生活の苦労のせいだ、と論じる人もあり、そうした様子を取材しながら、彼はかつて淡い恋心を抱いた女性Ipekと再会します。彼は様々な立場の人間(原理主義的テロリスト、人々の尊敬を集める宗教家、西洋的民主主義の啓蒙に尽力する演劇家)に会い、会うたびに頼まれ事は増えていって(『文学部唯野教授』?)、彼らの交渉や折衝の立場におかれてしまいます。降り続く雪のせいで首都から隔離された街ではクーデターが起こり、劇場内での虐殺が起こり、彼らを仲介する立場におかれたKaは次第に苦境に陥っていきます。彼の願いは唯一つ、愛するIpekとともにフランクフルトへ帰り、そこで幸せに暮らすことなのですが。

辺境の町の非常事態と平行して、彼の頭には永く生まれなかった詩が次々と湧き起こってきます。物語はKaの死後、友人のOrhan Beyがそれを再現する形で提示されています(途中までは誰が語り手かさえ不明)KarsKaは緑のノートに詩を書き残していたのですが、Kaがフランクフルトの路上で何ものかに殺された際にそのノートは奪われてしまったようです。失われた詩を求めて、Orhanは雪の降る街へ、友人の足跡をたどります。

結局ノートの居場所も分からないし、そもそもの連続自殺事件の謎も分かりません。Kaの書いた詩は結局一篇も文中には現れません。それでも、一大スペクタクルとしてのクーデターとそれに巻き込まれる人々(Kaも含めて)とのやりとりが入念に書き込まれています。西洋と東洋の狭間のトルコで、なにがデリケートな問題なのか、そのデリケートさをさらけ出すような作品です。

作品全体で、雪がしんしんと降り続いています。原題はKar(『雪』)なので、KarsKaKarを見ているという文章だけでも、独特のリズムが生まれるのかもしれません。冒頭はイタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』を思わせます。最後、結局何も成し遂げられぬままKarsを離れる電車の中でOrhanが泣き出すところがとても寂しい。

 

ロペ・デ・ベガ『オルメードの騎士』長南実訳、岩波文庫、2007.

同文庫収録点数では散々な状況のスペイン文学に、久しぶりの作品。長南さんの最後の翻訳。同作はカミュがフランス語に訳したことがあり、僕はカミュ全集に収録されたそちらを読んだことがありました。スタンダールの『赤と黒』のある章のエピグラムとしてもこの作品からの台詞が引かれていましたっけ。

黄金世紀スペインで、セルバンテスの同時代人であり(仲が悪かった)、「自然の怪物」と謳われたロペ。日本での紹介の状況は寂しいものですが、これを先鞭に関心が高まるかもしれません。

オルメドはバリャドリード郊外の町。マドリードからバスでバリャドリードへ向かう途中通り過ぎる、ささやかな場所ですが、ここを舞台に相思相愛の二人が、ファビアという魔女を介して互いの思いを伝えるのですが、美しい娘に恋する恋敵が、王の御前で開かれた闘牛(勇気と武術を競う競技で、今言う闘牛とは異なると思いますが)で恥をかかされたという怨恨もあって、卑怯な闇討ちで彼を殺してしまう、という悲劇。

この卑怯な恋敵、ドン・ロドリーゴという男ですが、僕は彼が非常に好きです。優柔不断で、自分に自信がなく、基本的に諦め顔。彼自身全然悪人じゃないくせに、自分よりも華があって、人々の賞賛の的であるドン・アロンソ(オルメドの騎士)のせいで、悪役になっていってしまうという不条理。彼に罪はない、と僕は声を大にして言いたい。この本人に非はないのに悪に向かってしまう人間は、Javier MaríasCuando fui mortalという短編に収録されている”Prismáticos rotos”に出てくるのっぽのボディーガード同様(「俺が買い物に行くだろ、そしたら店員が俺を無視しやがるんだよ」)、僕の同情をそそります。いいなあ、ドン・ロドリーゴ。

 

番外編

惣領冬美『チェーザレ』4巻、講談社、2007.

もはや、芸術の域に入ってきた画力。ストーリーの緻密、台詞の優美、人間関係の錯綜、そのすべてが愛おしく、完全無欠。地中海研究者必読。

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