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2009年3月20日 (金)

El Robinson español

Auguste Genin (ed.). El Robinson español. Madrid: Espasa-Calpe, 1927.

タイトルを見るだに興味深いが、『スペインのロビンソン』と後代名付けられた珍しいテクストがある。もともとの手稿に付されたタイトルはこれとは全然異なっている。

Acaecimientos de la vida de don Pedro de Peralta Terreros y Guevara
Los relatos para mi hijo querido hijo
                               P. de P. T. y G.

『ドン・ペドロ・デ・ペラルタ・テレロス・イ・ゲバラの生涯の出来事
わが愛する息子への物語
                               P. de P. T. y G.』

とある。ここで分かるのは、本人が書いたという設定(あるいは恐らく本人が書いたのだろう)。そして執筆の時点で息子が一人いたということくらい。

メキシコ革命のさなか、オーギュスト・ジェナンというフランス人の研究者が今にも焼かれようとしている書物を兵士から安値で買い取る。その中にあった一冊。焼けたところや痛みもあったけれど、内容が面白かったのでこのような形で世に送り出したわけだが、出版に際して『スペインのロビンソン』という名前をつけた。幸か不幸か。

ロビンソン漂流記 』はDaniel DeFoeが書いたThe Life and Strange Surprising Adventures of Robinson Crusoe(1719年)のこと。子供向けの絵本もあり、名前は誰でも知っているが、実際に読んだことがある人は少ないかもしれない(新潮文庫から吉田健一さんによる素晴らしい翻訳が出ている)。「無人島でサバイバル!」などと説明されるよりもはるかに濃密な記録。そもそも、無人島へ行くまでが結構長い。着いてからもかなり細々と記録を残している。真実、誰もいない(と本人は思っている)場所で孤独に生きていくための苦労が描かれているのでこれがサバイバルマニュアル的に考えられるのは当然なのだが、僕としては記録への偏執をこそこの作品の一番面白いところと考えたい。冒頭に薔薇十字の名前が燦然と輝いて、18世紀オカルト好きは垂涎の極みである。引きこもりの人にもオススメだ。

余談になるが、『ロビンソン』は昔英語の教科書に掲載されていた(その中で従僕フライデーの取り扱いが人種的な問題に配慮して変容していく過程は『日本人は英語をどう学んできたか 英語教育の社会文化史 』や『近代日本の英語科教育史―職業系諸学校による英語教育の大衆化過程 』の著書がある江利川先生ならこの上なく面白く説明をしてくれるだろう)。また共産主義者がこぞって読んでいたという面白いエピソードもある。理由を知りたい人は『近代文化史入門 超英文学講義 (講談社学術文庫) 』を一読して欲しい。

さて、本家は記録小説、メディア小説としても秀逸だが、この手稿が『スペインのロビンソン』とされている理由は残念ながら、漂流者の遍歴という程度でしかない。スペイン生まれの男が亡くなった叔父の遺産を受け取りにメキシコへ行く話。主人公であり語り手であるドン・ペドロの自分語りで、実のところ伝記なのか、小説なのか、判別できない。自身についてその出自を詳細に語っているし、伝記とするのが正当であると思うが、僕がそう片付けるのが惜しいと思う理由は次の通り。

まず、書き慣れているという印象だ。人生の終わりに「そうだ、自伝でも書いておくか」と思って書いたにしては上手すぎるのである。小説としての筋の運び、会話の挿入、分量の配分など、見事なのである。もう一度言う。素人にしては上手すぎるのだ。

そして、ここが僕の恐れ入ったところなのだけれど、全体で五章ほどだが、最初の一章が実は大恋愛小説なのである。全然ロビンソンじゃない。『はつ恋 』と『新エロイーズ 』と『椿姫 』を合わせたような、濃密な恋愛小説。えっと、「わが愛する息子への物語」と書いていたはずだが、とにかく在りし日の恋を思い出して筆がどんどん滑っていくような、それでいて粗さがない見事な小説。この文学性というか、恋愛小説として秀逸な点をこそ編者は強調するべきだと思う。

書き手ドン・ペドロは1762年6月18日ムルシア生まれ。サラマンカ大学に学んだ(31、33頁)。ディテールからして全くのフィクションと考えるのは不可能だけれど、この御仁他にも色々と作品を書いたのではないかと思わせられる。とりわけ、この恋愛小説部分の心情の吐露など、仮にいわゆる文学サロンのようなところに出入りして、同時代の小説を知っていなければ、執筆は不可能であったろうと思われる。

そんなわけで、本書の第一章は18世紀スペインの恋愛小説として僕の中で分類しておく。

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