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2009年6月28日 (日)

090628

・森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女 』角川文庫。

今更なのですが、友達がステレオで大絶賛(お二人並んで、という意味ね)。いろんな人が読みなよといっていたのだけれど、ここまで通り過ぎてしまったこの一冊。自分はもっと早く出会うべきでした。オモチロイこと、私ごときがつらつら書くまでもなく、まだ読んでいない御仁は騙されたと思って、さあ、さあ。という一冊。言葉遣いのレトロさが趣味に合うなら、思いっきり楽しめるはず。今年は太宰生誕100年ですが、彼の作品に『夜は短し歩けよ乙女 』、『”文学少女”と死にたがりの道化』、『脳病院へまゐります。 』をあわせて読むと、実に見事なトリビュートが出来上がります。

・三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒 』文芸春秋。

各章の扉の絵も素敵なんだよね。便利屋稼業なんて想像もつきませんが、作者の筆の滑らかさに酔う一冊。これが代表作というのは分かりやすいが、もっともっと凄いことが出来ちゃう人だということが滲み出しているので、どうしてもここで満足するわけには行かない。

・アントニー・D・スミス『ネイションとエスニシティ―歴史社会学的考察 』名古屋大学出版会。

アンソニーじゃだめか、という疑問はさておき(DはDavidのDみたいです)。ネイションの問題を考えていると、ふたつの潮流に引き裂かれる。ひとつはネイションというのは昔からあったとする意見。もうひとつはネイションは近代の産物であるという意見。これについて折衷案を示したというか、スミス自身はすごく頭のいい人でしかもたくさんのケースを引き合いに出して議論をするのだけれど、おいわざわざエトニとか変な用語使わなくてもいいんじゃないの、というのが根本にわだかまっている。大澤真幸さんの批評(『ナショナリズム論の名著50 』所収)を読むと、スミスを上手く使うことでナショナリズムやネイションを議論する際に必ず付き纏うこの二つの潮流を上手く捉えられる。皮肉なのはスミスがそれを企図したのとは逆のやり方で、ということだけれど、スミスが立派な研究者であることはそのことによって少しも揺るがない。

スミスは幾つか翻訳があるけれど、この問題を真剣に扱う人以外は、すべてを読む必要はないかもしれない。そのなかで一冊選ぶならこれかなあ。2段組、2週間くらいかかって読みました。でもそれだけの価値はある。スミスの言ってることに心から同意できないけれど、この人の態度には尊敬を惜しまない。つまり、誠実なのだ。

ついでですが、これこれ も読んでいます。でも『ネイションとエスニシティ―歴史社会学的考察 』が一番インパクトがありました。

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